金沢駅ができた当時は金沢は衰退していました

昔は「金沢県」でした

もともと武士階級が生活を支えてきた城下町金沢。明治になると侍が失職するとともに明治5年の県庁の美川移転というハプニングもあり、経済の活力が一気に低下し、15万8千人あまりあった廃藩置県当時の金沢の人口は、明治の最初の10年間で12万人から10万人に、明治30年(1897年)には8万1千人余りまで落ち込みました。
そして明治4年7月14日から明治5年2月2日の半年間は石川県ではなく「金沢県」でした!

希望の星・金沢駅

金沢駅が営業を始めたのは明治31年(1898年)4月1日。あたり一面に広がる蓮根畑以外には何もない場所だったそうです。
当時、金沢市の人口が8万8千人余り。1日の乗降客も平均してたったの2,160人だったそうです。
それでも鉄道がついたということで、一気に金沢の街はパッと明るくなったそうです。それは、鉄道開通が、衰退一途にあった金沢を救う希望の星だったのですね。

現在の金沢駅


2001年、JR金沢駅・北鉄金沢駅ともに第3回中部の駅百選に選定され、2011年にはアメリカの旅行誌「Travel & Leisure」(WEB版)にて「世界で最も美しい駅」14選に選定されたニュースも記憶に新しいですね。
かって希望の星だった金沢駅は見事にその期待に応え、輝かしい発展を遂げています。
また、駅の機能だけでなく、石川の伝統工芸を発信する場ともなっています。
随所に散りばめられた石川の伝統工芸を探すのも楽しいですね。